「重要なのはこれからの未来であり、過去のデータなど見ることに意味などない」は誤解である

2018年8月16日

データ分析についての誤解を解く

重要なのはこれからの未来であり、過去のデータなど見ることに意味などない。というのは実に格好良く聞こえる台詞であるが、これはデータ分析についての誤解の中でもよく聞かれるものだろう。しかしこの話は、データ分析という行為に対する誤解に基づく。

この誤解を解かないと、「データ分析など過去を知るだけのこと」と「データ分析をすれば未来がわかる」という両極端な考えが蔓延し、確実に失敗した挙句に「データ分析など使えない」などという間違いが広まってしまう(すでに広まっている?)ので、まずは「データ分析など過去を知るだけのこと」ではない、ということを伝えることを試みる。

過去を知らずに未来は考えられるのか

データ分析を過去を知ることだと思っていたらそれは勘違いだ。それは次にどうするかを決めるためであって、過去について知ることはその一部にしかすぎない。

もし過去にどういった商品があって、何が売れたかどうか、業界の特性、販売網、ターゲット、自社と競合の能力などの知識も一切なく未来を語るのは楽しいかもしれないが現実的ではない。将来何をするかを考える上で過去に起きたことを知らなければそれは単なる車輪の再発明かもしれない。

まったくゼロから新しいものが生み出されたことなど寡聞にして知らないのだが、そういった事例が世の中にたくさんあるならデータ分析はたしかに不要だが、そんなことはなさそうなのでやはり過去を知ることは必要なのだ。

「過去を知る」と「未来がわかる」は全く別の話

一方で、データ分析をすれば未来がわかる、などというのもまた妄想に過ぎない。過去の結果がそのまま未来に続くなど考えていればやがて負けるのは古今東西変わることはない。次回はこの誤解について考える。