「データ分析を行えば未来がわかる」などというのは幻想である

2018年8月16日

遠い未来のことなど誰にも分らないし、近い未来ですら完璧にわかることもない

「重要なのはこれからの未来であり、過去のデータなど見ることに意味などない」は誤解であるのだが、「ではデータ分析で過去を知れば未来のことがわかるのか」と考えるかもしれない。

これは妄想に過ぎない。過去の結果がそのまま未来に起きるなどと考えるのは論外である。

それでもデータ分析が必要なのは、過去を踏まえてこれからの成功の確率を上げるため

データ分析はせいぜい近い未来における成功の確率を上げることには寄与するぐらいで完璧な予測など不可能であるし、10年20年先のことなど誰にもわかるまい。

しかしデータ分析も何も無しに未来を考えるというのは「こうなってくれるといいな」という願望だけで何かを決めるということと同じであろう。運よく当たる人もいるだろうが、大多数は失敗するに違いない。データ分析をやらなければ確実に負けるがやっても勝てるとは限らない。

過去にこだわるのが問題であり、過去を知ることが問題なのではない

問題なのは過去にこだわることで未来への選択を間違えることや、実行を妨げることであり、過去を知ることが問題なのではない。だから「データ分析など過去を知るだけのこと」も「データ分析をすれば未来がわかる」も極端すぎるのだ。魔法の杖は存在しないのだから、道具は適切な方法で適切な使い方をしなければならない。データ分析も同様だ。