日本にデータ分析の文化が育たなかった理由を考える(1) ・・・ 外国からの脅威が少なかったら?

2018年9月3日

これからのデータ分析の文化を考える上で過去を考える

日本ではデータ分析の文化、つまり客観的な情報を集めて意思決定に使うということだが、それがとても弱いということに反対する人は多分いないと思うし、むしろいるなら話をしてみたい。しかし、なぜこのような状況が生み出されたのかを考えてみると、要因は1つではないだろう。

これが自家用車とか携帯電話とか物であればそれを提供することで変わるかもしれないが、データ分析は「情報」という見えないものであり、またそれを作るという「文化」に至っては長い歴史の中で積み重なってきたものであればそんな簡単に変わるものでもなさそうだ。

そこで原因をまず突き止めてそれから何ができるかを考えていこうというアプローチを考えてはいるのだが書き始めてはみたもののまとまらず、とにかく思いついたことを書き綴ってみてからあとで改めて整理してみようと思う。

まずは「外国の脅威が少なかった」ことがデータ分析文化にどのように影響したかを考察する。

外国からの脅威が少なかったので備えることがなく、そのための情報収集の必要がなかったから

外国からの脅威が少なかったことは大規模な攻撃を受けたのは元寇と先の大戦ぐらいで、出ていったのもほんの数回程度という歴史が物語っており、脅威が無いのだから外敵に備えるという考えが出てこなかったと考えられる。備えることをしないのだから、情報を集めて分析するなど思い浮かぶはずもない。

孫子は春秋戦国時代という戦乱の中でいかに生き残るかを書いたし、イングランドのフランシス・ウォルシンガムはスペインやメアリー・ステュアートという敵と戦うために情報を集めたし、とやはり「必要は発明の母」であるの言葉通り脅威が無ければ守ろうとする意識も育ちにくいのは当然だ。

ビジネスでいえば駅前の古い商店街に昔からある店を想像してみると、新規開店も少なくお客も駅を使う人が多ければ経営は安定しているのだから競合調査など不要であったろう。しかし時代が変わって移動が車になり、大規模ショッピングセンターが開発されるようになったらあっという間に衰退してシャッター街となった。

原因は海に囲まれていたこと

これはやはり海に囲まれていたことが原因だ。しかも実質攻めてくる可能性があるのは朝鮮半島経由だけ。その向こうの中華帝国はといえば強大ではあるが直接接しているわけでもなく、内乱でそれどころでないか外征しても日本まではやってこない。

これが地続きだと東西南北いつどこから攻められるかもわからず、攻撃したり和睦したり、あるいは支配したりされたりになる中で、直接の脅威だけでなくさらにその遥か遠くの国や民族にまで視野を広げて常に情報を集めて分析してその動向を把握し、外交や工作活動を行うことが生き残りのためには必須であるがそれが必要なかった。

必要になったらすぐに変化するなど難しい

では必要になったらすぐに情報を作り出せるようになるか、データ分析の文化が発達するかというとそんなことはない。先の大戦における情報軽視のひどさについては『大本営参謀の情報戦記』を筆頭として多く語られているし、海の障壁がなくなったとは言わずともかなり小さくなった現代でも国家レベルでの情報機関すらろくに存在しない。

だとすれば、いくら競争が厳しい、外資系の方が給料が高く人材を取られるといったところでたかがビジネスの話で大きな変化が自然にすぐに訪れることは考えにくいのではないか。自然に起きないなら誰かが起こすしかない。

では国内では?

外国からの脅威が無くても国内での争いはある。なので外国の脅威が少なかったことはさしたる影響ではないのかもしれない。次はこの点について考えてみよう。