アナリストとして生き残るためにやってきたことの失敗と反省(1) ・・・ 「分析」がやりたいが、具体的に何がしたいのかがあいまいだった

いままでを振り返って失敗と反省の記録を書く

「アナリスト」は厳しい。データサイエンティスト・データアナリストであることは現在だけでなく将来においてもハイリスク・ローリターンである。これにさらに自分の失敗が加わって紆余曲折を経て現在に至る。

未だ成功したとは言い難いが、それでも以前よりは大分ましになってきたのはその失敗を反省したことが要因だと思うので、いい機会だし今までを振り返って失敗と反省の記録を書くことにした。

「分析」がやりたいが具体性に欠けた

以前より「分析」がやりたいというのは漠然とあった。しかしその「分析」が具体的に何かについてしっかり考えることをせずなんとなく過ごしてしまった。それが第一の、そして最大の失敗だ。この失敗による損失は本当に大きかった。まずは時間を大分無駄にしてしまった。自分のやりたいこと、やろうとしていることを人に説明することもできないので面接にも通らず、入社できても具体的に何をどうするということに繋がらず、不満ばかりを抱えていたのは今思い返してもただただ恥ずかしい。

その反省からまずは「分析」が何を指すかを考えて来た結果として「データ分析をする人」は「アナリスト」と「エンジニア」に分かれ、その違いは「他の誰かが意思決定するための情報(つまりインテリジェンス)」を作るかどうかにあるとなり、さらに「アナリスト」には「特定の誰かの特定の意思決定に対する情報を作る人」と「不特定多数に対する汎用的な情報を作る人」がいるという区別をまず明確にする必要性に気づいた。

この区別が付けられるようになってからは「アナリスト」を目指すということが明確になったので大分安定して考え方を誰かに伝えたりすることができるようになったと思っている。もちろん、それで「アナリスト」として100%活動できているかというとそうでもなく、「エンジニア」と区別がついた結果がデータサイエンティスト・データアナリストであることは現在だけでなく将来においてもハイリスク・ローリターンという話になる。これは世の中の「データ分析」の仕事の大半は「エンジニア」側なので、区別がつかなければ何となく「データ分析」の仕事でくくられていたのが分けられてしまったからだ。

「分析」の道具も何を学ぶかあいまいだった

分析のための道具も色々あるがこれもあいまいだった。何がしたいのか明確でないから当然で、統計学・データマイニング・時系列分析・機械学習といった数理的なものは基本的なことは一通り座学での勉強と多少の実務経験は積んではいたのだが、最近はより人文学的な視点での「分析」に興味が移りつつある。もともと軍師や謀臣の話は好きであってそれが「分析」に興味を持った大きな要因であるが、今思い返してみればそれはまさにインテリジェンスであり、「アナリスト」の職務でもある。

もし最初から「アナリスト」を目指すことが明確だったら政治学や歴史学から入っても良かったかもしれない。失敗ではないかもしれないが、反省材料にはすべきだろう。

とはいえ嫌いになったわけでも興味を失ったわけでもなく、数理的、人文学的の両方にそこそこの知見を持つことは武器になると思っているので中途半端で両方使えない、という事態にならないように配分は変えつつも勉強は続けるつもりだ(が、これはもしかしたら将来新たなる失敗の材料になるかもしれない)。

失敗はこれだけではないので続く

これで全部というわけもなく他にもいろいろあるのだけれども長くなりそうなので何度かに分けて失敗と反省について、それからちょっとだけある成功例についても書いていく。この話が他の誰かの参考にちょっとでもなってくれれば嬉しい。