データサイエンティスト・データアナリストが「何が問題か」を考えるべきではないが、そうも言っていられないのでどうすればよいのか考えた

「何が問題か」を考えるのは誰の仕事なのか

(アナリストとしての)データサイエンティスト・データアナリストの役割を考えるとき、何が問題であるかについても分析者が考える、としている場合があるが、これは必ずしも当たり前ではない。もしデータサイエンティスト・データアナリストが「何が問題か」を考えてしまうと、それはすでにアナリストではなく企画者やマーケターとしての立場が加わってしまうからなのだが、それの何が問題なのか。

ここでいうアナリストとは、「他の誰かが意思決定するための情報(つまりインテリジェンス)」を作る人のこと。エンジニアとの違いはこちらを参照のこと。

分析者が「何が問題か」まで考えると中立性が脅かされる

意思決定者と分析者が同じである場合に何が起きるか。まず真っ先に考えられるのは、客観性や中立性が脅かされる。これは危険性がある、という話ではなく確実に起こる。自分はそう考えているから正しいことを証明したい、自分の企画を通したい、あるいは自分が主導したキャンペーンの結果をよく見せたいなど、何等かの先入観を持っていると結論ありきで自分に都合の良い情報を集めてくるので偏ったり間違えたりが発生する。さらに、独善的になり暴走が止められなくなる。自分で分析して自分で実行できてしまうのだから人の話を聞かず勝手に決めることが当たり前になってしまう。

意思決定者と分析者の役割分担をどうするかの認識合わせは早めにする

そういったことを回避するために分析者が置かれているはずなのだが、情報に基づく意思決定の文化がないからなのか実際には意思決定者と分析者の役割分担というのはなかなか行われていない。「私はアナリストなので何が問題かを考えるのは役割ではありません」と分析者としては言いたいところだが、この役割分担が理解されていないと「あいつは言われたことしかやらない」「口だけで役に立たない」という評価になる。

もし意思決定や企画の内容に踏み込むとするとそこには分析者の主観が入り込むことになるし、失敗した時のことを考えると客観的には正しくても言えなくなる場合もある。そのリスクを織り込んだ上で部分的にしろ企画を考えることに参加するのかどうかを早い段階で取り決めておく必要がある。

例えばマーケティング施策を考える上で、本来であれば意思決定者、つまりこの場合は施策の企画者が「この施策でどれぐらいの効果が見込めるか」「過去の同様な施策ではどうだったか」といったことを分析者に要求するわけだが、ここで分析者が「その企画よりもこちらが良い」とか「企画のこの部分はこうするべき」とそもそもの企画について踏みこむことを期待されるかどうか、ということだ。

意思決定者と分析者を兼ねる場合に注意すべきこと

人が足りないから分業できない、会社の規模が小さいから分析だけだと時間が余る、分業について理解してもらえなかった、社長や上司の命令で、など様々考えられるが、実際のところは完全に分析だけを仕事にするのは難しい。なので分析者が意思決定に部分的にでも関わることは日常的に起きるのだが、その際注意すべきことは、

  • 意思決定者と分析者が同じであることの危険性を認識する
  • 意思決定者や企画者としての自分の活動を、アナリストとして中立的な視点で分析する
  • 自分に都合が悪い結果でも受け入れることができる

あたりだろう。まず最初の危険性の認識があるかどうかが大きな分かれ目で、この認識がないと前述のように自分にとって都合の良い分析を行うことが常態化する。都合の良い部分だけを使ったり逆に気に食わない部分は無視したりすることになるが、よく見聞きするだろう。そしてわかっていても実行するのが難しいのが3つ目で、自分で考えたことを自分で否定して修正していくというのは言うのは簡単だが本当に難しい。

役割分担の議論は始まったばかりだ

以上、あるべき論と現実的な対応について書いたが、意思決定者と分析者の役割分担についてはまだまだ議論が始まったばかりだろうと思う。アナリストのキャリアにも直結する話なので引き続ぎ検討する。

さしあたり言えることは、完全な分業でアナリストの仕事をしたいのならば前述の条件についてだけは常に頭に入れて置きながら実績を積み上げ、平行して分業の(意味よりも)価値を広めてうまくポジションを作っていくことを試みるのが良いだろう。ただしあまりに時間がかかりそうなら会社を変えた方がおそらくは早い。