インテリジェンスとインフォメーションとデータと情報の違い

インフォメーションとインテリジェンスの違いは生のデータか、加工されているか

簡単に言えば、インフォメーションは「加工されない生の状態」であり、インテリジェンスとは「意思決定者のためにインフォメーションを加工、分析してえられたもの」である。つまり、インテリジェンスはインフォメーションから作られるし、インテリジェンスになっていなければ全てインフォメーションということである。

データ分析プロセスを食事に例えてみると、インテリジェンスが料理で、インフォメーションやデータは食材ということになる。

インフォメーションとデータの違いは考えなくてもよいのでは

インフォメーションとデータについては、人によってはインフォメーションが整理されている、データは整理されていない状態としている場合があるようだが、この区別にはあまり意味がないと思うので、このブログにおいてはインフォメーションとデータは同じ意味で使うことにする。つまりはインテリジェンスとなっているか、そうなっていないかだけが問題である。

もし正式な定義ができたり、あるいは社会的コンセンサスが上記と違う形で形成された場合はその時考えるが、多分そんな日はしばらくこないと思う。

情報はほぼインフォメーションでインテリジェンスの意味はほとんどない

「情報」という言葉は厄介で、インテリジェンスもインフォメーションもデータも「情報」と訳されるのであるが、一般的に「情報」というとインテリジェンスの意味はほとんどないことが多い。例えば「情報処理」はインフォメーションやデータを処理するための手法やツールの議論あってインテリジェンスを作りだすところまでは含まれないようだ。

「インテリジェンス」の新しい訳語が必要か

「情報」がインフォメーションとほぼ同義として広まってしまった以上、インテリジェンスの訳語に「情報」を当てたままでは混乱を生じるし、それ以上に「情報」というと「データを処理して集計すること」と理解されてしまうことは思考の幅を著しく狭めることになる。

インテリジェンスに新しい訳語があった方が良いかもしれないが、あっても広まらなそうなので、であればいっそ「情報=インフォメーション」として「インテリジェンス」の意味は一切含まれないと考え、明確に区別した方がよいのではないだろうか。インテリジェンスは仕方ないのでそのまま使う。

とはいえ「データ分析」とか「情報分析」がインテリジェンスを作る行為でもある以上、完全に分けるというのもまた難しく、「分析」と「処理」の違いまで言い出すときりがないのであやふやな部分もあるのだが、「インテリジェンスかどうか」についての認識にさえ齟齬がなければ行き違いは起きないだろう、と思うのだがどうだろうか。