要求を受けるときに気を付けていること

2019年5月9日

媚びたりすることと適切にコミュニケーションをとることは違う

コミュニケーションというと何やら馬鹿にする人も多い。それはおそらく、うまく相手に合わせたりすることと媚びを売ったりすることの区別がついていないからではないか。

というのは自分がそうだったので、その反省を踏まえて要求を受けるときにやっていること、あるいはやろうとしている(がうまく出来ていない)ことを書いてみる。

「こんなことも知らないのか」を考えないようにする

相手がデータについて詳しくないと、当たり前のことを聞いたり、明らかにできもしないことを要求してくることがある。

その時、あらかさまに馬鹿にしたり、めんどくさそうに答えたり、あるいは調べればすぐわかるからと突き返したりはせず、まずは話を聞いた上で何を知ろうとしているのかを内容から推察するようにしている。

役割も職種も立場も背景も権限も違うのだからお互いに知らないことがあるのは当然であるどころか同じように知っていることがごくわずかでしかないのだから、そこは互いに尊重するべきだ。

「自分の知っている事は他人も知っていて当然だ」と考えるのは専門家によりその傾向が強いようで、これがさらに「知らないのはその人が悪い」とか馬鹿にしだすのは非常に問題だ。しかもそういうことを言う人に限って自分にはその法則が適用されずに世間的には常識なことを知らなかったりするのを見てきたので他山の石としたい。

そして大事なこととして、言わないのではなく、考えないようにする。考えていたら言わなくても態度に出るしそ相手にもすぐ伝わる。

何がしたいのかといきなり聞かない

何か聞かれた時にいきなり「目的は何か」「何がしたいのか」と返さないように気を付けている。

聞いてくる側も何も考えていないわけでもなく、自分なりに考えて足りない部分を聞きに来ているのだから、一言目がこれでは「お前の考えたことなど大したことない。こちらがいい方法を考えてやるから何がしたいのか教えろ」と言っているようなものではないかと考えているからだ。

正しく答えたい、より良い方法があるのであればそれを伝えたいという気持ちが先走るとつい聞いてしまうのだが、まず要求に対して適切に答えるようにし、その上でより良い提案ができるかもしれないので聞いてみる、というぐらいでよいのではと考えている。

また、そんな返事がきたら聞くことへのハードル(いわゆる心理的安全性)が脅かされる人もいるだろう。次に何か知りたいことが出たときに聞くことを躊躇してしまい、自己完結してしまうかもしれない。

それは個人的には影響がないように見えるが、同じ組織のメンバーの意思決定の質が下がるということは組織のパフォーマンスが下がるということであり、つまりは自分にも影響があるということである。なのでできる限りコミュニケーションを取りやすくしておく点からも重要だろう。

深く踏み込むのは相手との距離感を考えてからにする

少数派ではあるが、何かの要求に対してどうしたいのかと聞いたりすると「余計なことは聞かずに言われたことをやれ」とばかりに話を終わらせようとする人もいるが、そこから踏み込めるかは相手との関係を考えてからにしている。

あまり親しくない人、自分が正しいと思っている我の強い人に対して抵抗するのは逆効果となるので時期を待つ。ここで深く踏み込むことで頑なになってしまいおかしな判断をされるほうが危険だし、関係の改善に余計に時間がかかる。

個人的な関係であれば関わることを止めれば済むことでも、相手に伝える意思がないのに対抗しても意味がないし、データアナリストが意思決定者に無視されるようになっては存在理由を失ってしまう。長期的な利益に寄与するにはおとなしくするしかない時もある。

希望を求められても事実を返すようにする

ありがちな要求として、「施策の効果があったことを言いたい」「ツールを導入したらよくなることを示したい」がある。つまり言いたいことが先にあってそれを補完するようなデータが欲しいという要求だ。

こういう場合、良かったことを証明するのに加担するのは論外であるのでどうしているかというと「施策の結果はどうであったかを調べる」と返している。

事実は事実として渡し、その結果をどう使うかには踏み込こまずに任せるしかない。しかしその後に勝手に都合良く言い換えたり改ざんしたりすることもあるので本当は追いかけたいところであるのだが、そこまでしている時間もないので悩ましい。

また良し悪しについて個人的にどう思うかを聞かれたら答えるのも改善を提案するのもよいだろうが、意見を言うべきかどうかは最初い話し合いで認識合わせをしておいたほうがよいだろう。

納期は悲観的に交渉する

その場で即座にわかる場合を除けば、納期は悲観的に余裕をもって答える。納期に遅れたら困る人はいるが早まって困る人はまずいない。

なので2時間程度の作業で済むと見込んでも「明日中にはできるとは思うけど、無理そうならまた言う」とか「うまくいけば今日できるかも」などあいまいにかつ悲観的に伝えることで納期遅れの発生をできる限り避けている。

その理由は、納期遅れが大問題であることはもちろんであるが、他の案件と平行してすすんでいる場合が常なので

  • すぐできると思ったが想定よりややこしい
  • 集計すれば終わるはずだったがどうもデータがおかしい
  • 先週に話があった件で差し込みがあるかもしれない
  • この件は大丈夫だろうけど他の案件ではまってしまうかも

といったようなこともよく起きるからそれらを見越してのことだ。

また、自分を高く売らんがために相手の無知に付け込んで1日あればいい仕事に1週間の納期を設定することをマーケティングと呼ぶかどうかはその人次第だが、自分はやらないようにしている。

もちろんその時たまたま手が空いており早く出来たのをいつでも同じように求められても困るので、「今は忙しいので3日ぐらい」「その時なら割と手が空いていそうなので1日ぐらい」と状況も軽く説明しておくと伝わりやすいと思っている。

知的誠実さを守るのは大変だ

困ったことにこれらは非常に世の中には受けが悪い。この逆のことをしているほうが有能に見えるし稼ぐこともできる。それを知った上でどうするかはその人次第だが、いろいろな選択肢があることが認識されていないのでここで一つのやり方として提示しておく。

ここに書いた方法が最良だとも思わないので他にこんな方法がある、こう実践しているという話があれば是非とも教えていただきたい。

あと、こういう話をもっと気軽に共有できる場があるとよいのだけど、何かいい手はないものか。