現在の日本のデータ分析事情はどうなっているのか

現在の「データ分析」の実態

過去の日本のデータ分析事情を概観したので、現在の状況についても見てみよう。まず言葉は流行ったけれども使えていないと書いたが、具体的にどういったことが起きているのか。

データ分析業界の人だけ見ているとデータ分析をするのは当たり前だが、「世の中全体でどうなっているのか」を見ることもまた有用だと思うのでその視点で書く。

「よくわからないけどうまいことやってくれるんでしょ」

世の中全体的な感覚としては「データがあればあとはうまいことやってくれるんでしょ」ぐらいの人が多い。今まで使っていなかったのだから「なんか流行っているけどすごいらしいよ」になるのはわからないでもない。

しかし実際にやってみようとなっても「とりあえず試してみよう」になるからコストもかけられず

  • 社内の人にとりあえずまかせる。で、その人もわからないから外部に丸投げする
  • 雇い方もわからないので「若くて安い」人を雇ってくるか、「データがあれば力を発揮するけど会社の状況と違いすぎる専門家」を雇ってくる。
  • 「まともに使えるようになっているデータ」がないのでその整備からやらなければいけないがスキルや嗜好のミスマッチを起こす

ということになりがちだ。運よくいい人が採用できればいいがもちろんうまくいかないことも多いので「データ分析なんて使えない」になり、関係者が全員不幸になる。

データサイエンティストの流行の初期のころはこの手の話がほとんどだったが、ここ1・2年で少々風向きが変わってきたようで、いきなり専門家を雇っても機能しないのでビジネスとデータの間に入る人が必要だよね、という認識はは何となく広まっているらしい。

ただまだ何となくそんな気がする、というぐらいのようで話せば理解はされるものの具体的な行動には結びついていない。求人情報にでるのは「データサイエンティスト」「データアナリスト」「機械学習エンジニア」ばかりで「データマネジメント」「データエンジニア」「データ分析プロセスをマネジメントする人(このブログでいうアナリティクスディレクター)」といった職種は少ない。

「データが大事」とは言うけれど

一方でまだまだ少ないながらもデータが大事だと言う人もいる。ところが、データ分析を前面に押し出しているけれども自社でのデータ分析は乏しいか全く行われていない。特に会社の上層部に行けば行くほど顕著になる。

これもやはり意思決定に情報・データを使うという意識が少ないため、「データ分析が大事だ」と言っている人にとってもデータ分析は「現場の人間がやること」であるという認識がまだまだ強い。

データ分析者の働き方

では実際にデータ分析者として働いている人はどうか。こちらもいろいろ困っている。何しろ突然降ってわいてきた話なのでキャリアパス、評価制度、体系化されたスキルを身に着ける機会、メンターなど他の職種ではあるはずのものが全くない。

さらに経営者や上司はもちろんデータは知らないし、同僚もほとんどおらず1人で誰にも何も聞けないのが当たり前、周りのリテラシーは低いので社内で孤立する。

さらにいえば「今あるデータで何かできないか」で始めるとデータ分析は失敗するので、まずはそこから話をしていかないといけない。

数年前まではそのような事情があるという情報すらなかったのでそのころデータ分析を始めた人は同じ様な苦労をしているのではないだろうか。

そして今後もデータ分析のメンターいない問題についてもそうだが、これらがある日突然誰かに解決してもらえる望みは全くないので「みんなで考えていくしかない」のだ。

アナリストの需要が増えたわけではない

データサイエンティストやデータアナリストの求人は増えたけれども実態は「今あるデータで何にかいいことをしてくれる人」ぐらいで企業側が明確に何をして欲しいと考えているケースは少なく、具体的にどうするかまでは分析者が考えないといけない。

つまり求められているのは実質「マーケター」や「エンジニア」であり「アナリスト」ではない。そういった事情を理解した上で自分でなんとかするという気持ちでいかないと「聞いていた話と違う!」と後悔する羽目になる。

データがという人自身の意思決定にデータは使われているのか

データ分析を売りにしていたりする企業で現場ではなく戦略情報担当がいるか?外資系企業のように長期的予測を行うために経済学者や心理学者を雇っているか?寡聞にして知らない。もちろんどこかにはあるのだろうが数が少なすぎて目立たないのだろう。

「日本の経営者はデータを使えない」というのは簡単だが、データを使えない経営者の陰口を言う人もそうだし、このブログを書いている自分もそうだが、自身の意思決定に外部の情報・データをきちんと利用しているのかという問いにはっきりと「はい」と答えられる人はどれだけいるだろうか。

日本の情報・データ軽視は技術や社会構造の問題ではなくより根本的で歴史的な背景の積み上げによって作られた文化であり、立場は違えどたとえば家では靴を脱ぐとかのレベルで同じなのかもしれない。

要するに「前とほとんど変わっていない」

たかだか数年で意識がそんな簡単に変わるわけもない。過去の日本のデータ分析事情を概観と同じではないかと思うかもしれないが、その感覚は正しくて、実際にたいして変わっていない。

たしかにデータを看板に掲げる企業は増えた。データサイエンスもすそ野が大分広がった。それでもやはり「データの扱い」がよりされるようになったのであって、情報・データを意思決定に使う文化が変わったわけではないのだ。

過去と現在を見たのはこれからを考えるため

というわけでこの数日の更新で過去と現在について一通り見て来たので、次からはデータ分析業界とその周辺も踏まえて「これからどうなるのか」を予測して「どうしたらいいのいだろうか」もできるだけ考えていくことにしよう。