「データをいじくり回して何かわかった気になる症候群」から逃れる方法

「データをいじくり回して何かわかった気になる症候群」

目的無きデータ分析は無駄である

数字をいじくり回すのは楽しいので、気が付くとあっという間に時間が過ぎる。何かがわかった気にはなれるが、後には何も残らない。よほど意識していないとすぐこの状態に陥ることになるが、ためしにここ数日の間でデータを見ていた時間のことを思い出してみればいい。なんとなく数字を見て、今何か変わったことがあるだろうか?

と書いたが、これを「データをいじくり回して何かわかった気になる症候群」とでも呼ぼう。分析をしていると実によくあるこの状態に陥らないためにはどうするべきかを考える。

常に目的を意識する

結局のところは目的を意識しているかいないかでこの問題はかなり解決する。目的を意識しないでデータを見ているというのは目的地を決めないで歩いているようなもので、歩いてはいるがその方向が正しいのかわかりようがないし、いつまで経っても無いところにはたどり着けない。散歩であれば散歩そのものが目的かもしれないが、ビジネスにおいて単にデータを見ることが目的ということなどありえない。なので「何を知るためにこのデータを見ているのだっけ?」を常に意識する。

すぐ忘れて目先のデータに集中してしまいがちなので、データを見始める前だけでなく、見ている途中に何度も問い直すのがよい。もしこの問にすぐ答えがでないのであればすぐにデータを見るのを止めて目的を問い直す。それでも答えが出ないのであればそれは無駄な作業でしかない。

「データをいじくり回して何かわかった気になる症候群」はこれで大分回避できるのだが、それが成果に繋がるかというと、これだけでは足りない。データ分析プロセスの概要ように、データ分析はプロセスであり、分析しただけで終わってはやはり無駄になる。ではどうするか。

「なぜそうなるのか?」と「それでどうするべきか?」を考える

目的を達成するためには単にデータを集計して事実を羅列しただけでは使えない。「なぜそうなるのか?」と「それでどうするべきか?」まで合わせて考えなければならない。

気を付けなければいけないのは「面白いデータ」で、「なぜそうなるのか?」までは考えることができても「それでどうするべきか?」に結びつかない。趣味ならそれでいいのだが、ビジネスではそうはいかない。「なぜそうなるのか?」を考えたり議論するのはこれもまた楽しいのでつい夢中になってしまうのだが、「それでどうするべきか?」もセットであることを忘れてはならない。

意思決定と実行を視野にいれる

自分が意思決定や実行の担当でないからと「データを集め、分析し、考察した結果「○○するべきと提案します」、あとは知りません」では役に立たないと言われてもどうしようもないが、何等かの理由で他の人が動かない、あるいは動けないのであれば、自分が実行者の側になることも見越して動くといったことも考えねばならないし、時にはデータ分析をしないという選択をすることもあるだろう。データをいじくりまわすよりも何かを作る方が重要な場合もたくさんある。

データ分析は分析だけでは成立しない

結局のところ「データをいじくり回して何かわかった気になる症候群」とは、全体像を把握せずに目の前にあるデータだけを触ることに起因している。データ分析担当者はデータ分析を行うことが仕事であるが、それが分析だけでは成立しない以上、自分でプロセス全体に目を光らせ、時には動かす側に回らなければならない。分析だけしたいからと他のことを無視して役に立たない作業をしても仕方がない。

目先のことに囚われがちな日常の中で、視野を広げて全体像を把握することで仕事の質の向上につなげようという提案をしてみた。と同時に自戒でもある。見えるところに紙でも貼っておこうか。