『日本軍のインテリジェンス』を読んで現在のビジネスにおけるデータ分析軽視をどうしたらいいのかを考える(1)組織化されないインテリジェンス

2019年12月12日

『日本軍のインテリジェンス』は日本のデータ分析の文化を知ることが出来る良書

戦後書かれた戦争に関する書籍は、個々の戦場や戦いに特化しているか、あるいは従軍した本人による個人的な体験記がほとんどであり、全容を書いたものはほとんど見当たらない(翻訳本は除く)。

インテリジェンス関連に至ってはほぼ後者のみで、あえて言うならば英米課長であった杉田一次(『大本営参謀の情報戦記』の著者堀栄三の上司でもある)が書いた『情報なき戦争指導』があるが、これも全容というには物足りない。

そんな中、2007年に発表された『日本軍のインテリジェンス』は「はじめに」にも書いてある通り、戦前の日本のインテリジェンスに関する包括的な考察を行うために書かれている貴重な書籍である。

タイトル通り第二次世界大戦における日本軍のインテリジェンスについての話なのだが、これが現在のデータ分析軽視とあまりにそっくりあてはまることに驚く。そこで、1・『日本軍のインテリジェンス』の内容の紹介、2・現代のビジネスにおけるデータ分析との比較、3・今後どうしていくべきか、について書いていく。

日本軍のインテリジェンスの特徴(1)組織化されないインテリジェンス

終章では戦前の問題点を踏まえた上で現在の日本のインテリジェンスを見た場合、その特徴として

(1)組織化されないインテリジェンス
(2)情報部の地位の低さ
(3)防諜の不徹底
(4)近視眼的な情報運用
(5)情報集約機関の不在とセクショナリズム
(6)戦略の欠如による情報リクワイアメントの不在
(7)世論の影響
『日本軍のインテリジェンス』

の7つを上げている。まず最初に、組織化されないインテリジェンスである。これはつまり、国家として情報活動を組織し、バックアップしていくという体制が存在していなかったことを指摘している。内容を整理すると以下のようになる。

  • 現場の個人の能力に依存し、組織として機能しない
  • 情報業務は地味で目立たないゆえに作戦や政策を志向する
  • 細分化されて連携されないコミュニティー
  • 教育機関の不在と人員不足
  • 情報のプロフェッショナルの不在

以下、各項目について検証してみよう。

現場の個人の能力に依存し、組織として機能しない

有名な陸軍中野学校しかり、暗号解読しかりであるが、少ない人員と予算を現場の個人の努力と献身でカバーしようとする。個別に見ればそれなりの結果は出ているのだが、所詮は個人レベルであって組織的な活動には勝てない。

情報業務は地味で目立たないゆえに作戦や政策を志向する

情報とは地味で目立たない仕事であるが、さらに加えて評価されない・使われないではよほど熱心な人しか取り組まなくなるのは当然で、結局細々とした活動になる。いくら重要な仕事であるとはいえ、権力や財産を手にしている同僚を目の前にしてまったく心が揺るがないという人は少ないだろう。

細分化されて連携されないコミュニティー

各組織が独自に情報を扱う部署を持っているが、人も機能も連携せずばらばらの活動を行っている。(5)情報集約機関の不在とセクショナリズムでさらに具体的に検証する。

教育機関の不在と人員不足

学ぶ場所も機会もないのだから、人が育つわけがない。陸大ですらまったく教えていなかったのは、情報参謀であった堀栄三がその著者『大本営参謀の情報戦記』で「陸大でも情報のための教育を受けた覚えは想い出せなかった。」「作戦と後方補給の教育は各種の想定のもとでかなり教育されたが、情報参謀の教育は皆無であった。」と言っているぐらいであるから、その他は言うまでもない。

現在に至るまで、個々の現場はともかく組織的にインテリジェンスを学ぶ機会は存在しない。他国では多くの大学でインテリジェンスの講座があるそうだが、日本であるのはほんの数例ではないだろうか。その差はますます広まるばかりだ。

情報のプロフェッショナルの不在

教育の機会はない、ポストもない、活躍する場もない、あげく頻繁な人事異動で情報に精通する間もない。これでプロフェッショナルが生まれるわけもないだろう。

現在のビジネスにおけるデータ分析の場合

「情報」を「データ分析」に変えれば何もかもがそのままそっくり同じであり、情報に関して言えば以前から変わっていない。失敗から学んでいないと言うべきか、あるいは失敗であったことの認識が無いのか。

現場の個人の能力に依存し、組織として機能しない

データ分析で目立つのは、大抵の場合現場のデータ分析者(データサイエンティスト・データアナリスト)である。そしてそういう場合、経営者の顔が見えることはまずない。

これは日本軍のインテリジェンスの話の際、現場の士官や研究者の名前は出ても、軍の上層部や政治家の名前がほとんど出てこないのと一致する。さらに、予算も人員も少なく、企業のバックアップがほとんど無い中で、一部の現場がなんとかしようと取り組むその姿は日本軍のインテリジェンスそのままである。

ただし、データ分析に関して言えばリテラシーが低いのは経営者層に限らず日本人全体の問題であろう。日本の組織は現場は強いが上層部になると質が落ちると良く言われるが、現場は問題を目前にしているし、何もしないと火の粉が自分に降りかかるので考えざるを得ないのでやるだけで、現場を離れると忘れてしまう人が多いのではないか。

したがって今は現場で「うちの経営者はデータ分析に理解が無い」と文句を言っている人も、将来同じことになる可能性が十分にあることは自覚しておくべきだ。

データ分析業務は地味で目立たないゆえに作戦や政策を志向する

情報が地味なのはそういう仕事だから仕方がないにしても、すぐ隣にいる同僚が経営企画や営業で評価されて昇進し、圧倒的に稼げるのであればそちらの方が良いと考えるのは当然なことだ。その上「何をしているかわからない」などと陰口を叩かれるようなポジションに誰が率先してなろうというのか。

細分化されて連携されないコミュニティー

経営企画は独自に情報を集めて分析する、Webとリアルで別々の担当者が分析している、情報セキュリティをシステムに詳しくない総務などが担当する、例をあげるといろいろあるが、横のつながりが弱いことが多い。データ分析には広い視野が必要であり、目先にあるデータだけで考えてもうまくいくはずがない。それを理解していないと、ばらばらに活動して非効率になる。

教育機関の不在と人員不足

新入社員向けはもちろん、幹部向けの研修でもデータ分析やインテリジェンスに関する内容が含まれているという話は聞いたことがない。情報セキュリティに関しては多少は行っているだろうが、そもそも情報の価値を理解していない人にその情報を守らなければならないという意識など生まれるはずがない。結局のところ、データ分析に関するまとまった教育は事実上存在しないままである。

データ分析のプロフェッショナルの不在

そもそも需要がないのだから仕事もポストもキャリアプランもなく、プロフェッショナルが育つわけもない。ビックデータやデータサイエンティストの流行のおかげ盛り上がったように見えても、一時的な流行で終わってしまう可能性は低くないと考えられる。

また、近年では博士号を持った人が参入しつつあるとはいえ、ごく一部である上に、まだキャリアプランなどが描かれておらず、専門職として定着するのか先行きは不透明である。

これからどうするべきか

以上、日本軍のインテリジェンスと、現在のデータ分析事情がよく似ており、日本人の情報に対する意識の低さがいかにかわっていないかということを見た。これを踏まえて、企業はデータ分析をどのように取り入れるべきかを考えてみる。

経営者層がデータ分析軽視を問題として認識すること

吉田松陰曰く「天下の大患は、其の大患たる所以を知らざるに在り。苛も大患の大患たる所以を知らば、寧んぞ之れが計を為さざるを得んや。」である。データ分析軽視が、どれだけの機会損失や損害をもたらしているかという問題意識が発生しなければ、改善しようという気にならないのは当然だ。

問題に直面している現場は分かっていても、経営者層に理解が無ければ企業は動かない。だが、問題を問題として理解していない人にそれをわからせるのは一体どうしたらいいのか。これが一番難しい。もし問題に気が付いているのであれば、あとは具体的に改善していくだけである。問題に気付いているかいないかではとんでもなく大きな差が出ることは言うまでもないだろう。

正当な評価と、キャリアプランの提示

いくらデータ分析が重要だと掛け声をかけたところで、評価もしない、将来どうなるか示すことも出来ないで仕事に集中しろというのも無理な話だ。したがって、まずは正当に評価することが必要になる。

結果に対して多大な報酬を出せとはとりあえず言わないが、データ分析が「よくわからないことをやっていていなくなっても誰も困らない職種」ではなく「企業にとって必要な役目であること」を明言する。

理想を言えば、データ分析担当は経営者に直結した部署に経営企画と並べて設置し、幹部への通り道にあるべきだし、当然報酬も他の職種よりも高くて然るべきであるが、まだそこまで思い切ったことができる企業は少ないであろう。

また、5年後、10年後にどのようなキャリアプランがあるかを示しておきたいところだが、なにしろ前例がない。データ分析担当の役員や部長も出て来るであろうが、現状では道は自分で切り開く必要があることは認識させておいた方がよいだろう。

社員全体に対するデータ分析教育

データ分析は専門家に任せてあとは放っておけばいいというのは根本的に間違いである。情報があっても使われなければ意味が無い。それにデータを集めるのには様々な人の協力が必要になる。データ分析の重要性は経営者から一般社員やアルバイトまで全ての社員に理解させるべきごく基本的な事柄である。

ただし「データ分析を身に着けろ」だけでは何をしたらいいのかわからない。どのような立場の人がどういったスキルを身に着けるべきなのかを具体的に提示する方がいい。

例えばプロダクトマネージャーに必要なのはプログラミングでデータを処理することよりも、データ分析をどのように要求したり結果を聞くかのやり方であり、より良い意思決定が出来るようになるリテラシーである。

どこから手を付けるのがいいのか

以上3点、前から度々言っている話ではあるが重要なので改めてまとめてみた。

ただ現場から経営者に「データ分析の重要性を認識すべきだ」と言ったところで今までやらなくても困らなかった人に理解されるわけもないし、キャリアプランの提示が重要である、とお題目は言えても具体的にどうあるべきなのかはよくわからない。

となると現場を中心にした社員全体のリテラシー向上から取り掛かるのが一番現実に沿っていそうで実際に行っている企業も出てきているのだが、ではそれが企業全体のデータ活用に広がるのかというと疑問符がつく。とはいえこれ以外にやりようがなさそうなのでここから手を付けるのが現実的だろう。

全7章構成

今回のテーマは冒頭に書いた7つの特徴について1記事として7章構成の予定。もしまとめも必要になったら8章構成。ストックはあるので年内で全部書ききりたいところ。これが終わったら次は長らく放置している『大本営参謀の情報戦記』を読んで日本のデータ分析のいままでとこれからを考えるの続きを書くんだ・・・。