「誰かの話に脊髄反射してリツイートする前に思い浮かべたら良さそうなこと」の素案

10秒考えたら違うことが見えるかもしれない

誰かの話を見聞きしてついその場で感情のままに反応してしまい後で間違えたことを後悔してしまったことは多くの人が経験することだろう。

なのでそうならないように、ぐっとこらえて10秒ぐらい違う視点で見たら反応したり声を荒げたりすることも少なくなるのではないかと思う。そういう時にどんな視点があるかを考えてみた。

これはデータ分析プロセスの1フェーズである収集の話であり、さらにその中でも基本中の基本に当たる。冷静に人の話という名のデータを読めなければ分析はできない(と心がけを語るのはともかく実際にはこれがまた難しい)。

タイトルにリツイートを入れたのはこのブログを見る人の多くはTwitterを通しているので伝わりやすいと思ったからだが別にTwitterに限らずあらゆる媒体に通じるし、新型コロナウイルスの件が念頭にはあるがこれも特定の事象だけの話ではない。

なお、思いついたことの殴り書きなので過不足は後で修正していく。

誰かの話に脊髄反射してリツイートする前に思い浮かべたら良さそうなこと

大半の人はその分野の専門知識を持っていない

騒いでいる人の大半はそれまで当該分野における知識も興味も持っておらず、事が起きてから特定の情報源から得た知識だけを元にして騒いでいるに過ぎない。

専門知識を持っていても難しいのに付け焼刃の知識で流れてくる情報を正しく判断することなど簡単にはできない。

つまり大半は他の誰かから聞きかじった話を真に受けているだけであり、その情報の正しさを吟味できていない。

専門家でも間違えることがある

たとえその分野の専門家であっても、時には間違えることはある。特に自分の望む意見だからと妄信するのは危険極まりない。

発言者には責任がない

「〇〇すべきだ」という「僕の考えた最強の対策案を取らなかったから失敗した」とわめいている人にはもしそれを実行した場合の結果責任を負う義務はない。

何かをすれば批判され、降格や解雇、選挙で落選するかもしれないが、他人に何かをさせても自分が結果に責任を負わなければ正論を言うだけで済むので実に簡単だ。

他人に要求しても自分ではやらない

現場には現場の事情があるだろう。その事情を知らずにあげつらったりするがその人が何かするわけではない。

もちろんその指摘には正しいこともあるだろう。しかし正論を言われてそのまま実行できる人など滅多にいない。

「酒もたばこもレジャーもTwitterもやめて勉強と仕事に時間を使えば生活は豊かになる」ことを否定する人はあまりいないだろうが、それを一部でも実行できる人はもっと少ない。

まさに「言うは易く行うは難し」で使い古された言葉であるが、生き残るには訳がある。

発言には意図がある

誰かの全ての発言には何等かの意図がある。それは公共の安全のためであることもあれば、無知な人を扇動するためであったり批判することが目的な人もいる。

まずは「この人の発言にはどういった意図があるのだろうか」とちょっと考えるだけでも違うだろう。

時系列ではなくスナップショット

話の流れや文脈を無視してある時点の発言だけを見ては読み違える。物事はその時突然起きるのではない。その発言で見えるのは流れの中のとある一場面でしかない。

後知恵バイアスとか結果論

今見えている全てのことが過去の時点において見えていることはない。過去の時点での判断への評価はその時点に何が明らかになっていたのかを正しく知らなければならない。

明治時代に生きていた人に「ヨーロッパに行くのに飛行機でなら1日なのに船で1か月かけていくなんて馬鹿なの?」などと言う方が愚かである。

事象の一面しか捉えていない

あらゆる事象は実に多面的であり、ごく一面を見ただけで何かを理解することなど到底できない。

いくら注意してもしたりないのに、冷静さを失って見たいものだけしか見なくなれば正しく捉えることなど到底できない。

一面だけ殊更に取り上げた話だけでなく別の様々な面からも見なければならないことを思い出そう。アンカリングにも気を付けよう。

批判するのは簡単だ

全部が間違えているとは言わないが、正しくない情報が遥かにあふれかえる世の中でこういったことのうち1つでも思い浮かぶとちょっとは違いがでるのではないだろうか。

それはそれとして、ではどうやったらより正しい情報を手に入れることができるのかもまた大きな課題となるがそちらもわからないことだらけで困る。今のところの考えはまとめようと思うが、情報は本当に難しい。

収集

Posted by 管理人