書評・感想『「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明』・・・解明はしてくれるが解決はしてくれない
残った2つの疑問
学者が書く本は学者向けで一般人にはとっつきづらいを通り越して読ませる気がない、なんてことが多い中で、現役の学者が専門的な内容を一般に読ませるように書いてくれる本は貴重だ。と思っていたらやはり同じように思っている人は多いらしく同様な意見もちらほら見かける。
文章が軽快でとても読みやすいが、だからと言って内容がすかすかというわけではないようで(ようで、というのは専門家から見てどれだけ簡略化されているのかは自分には判断できない)、難しいけれども読んでみようと気にさせてくれる。が、内容が理解できるかというとまたそれは別の話で詳細については正直きちんと読み込めているか怪しいので触れないが、
- 「共食い」「抜け駆け」「能力格差」の3つでどれぐらい説明できているのだろうか、他に要因はないか
- 本書ではHDD業界を例にとっているが、どこまで一般化できるものなのか。業界や業種によっては「共食い」「抜け駆け」「能力格差」の大小関係が変わることはないのか。
の2点については疑問が残った。もしかしたら書いてあったのかもしれないが、読み取れていなかったら自分の能力と知識の不足だ。
ではどうすればいいのか、の成功例はあるのか
イノベーションのジレンマを解決するためにはどうすればいいのかについて5つの着眼点が提示されているのだが、ではそれらについて過去に誰かが実際にやってどうなったかについてはあまり触れられていない。そもそも著者が
こういう寝言を言っているうちは敗死確定であろう。皆様におかれては、それぞれ自分なりのやり方でとにかく生き延びて(あるいは死に続けて)いただきたい。
『「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明』 P284
と書いているぐらい。経済学的解明であってこれは仕方ないのかも。『「イノベーターのジレンマ」の実務的解決』とか書いてほしい。
難問1についてはたしかGMが本社とは遠く離れたところに別会社を作って従業員も本社を退職してそちらに移るなど徹底して切り離した結果新車種を成功させた、という話をどこかで読んだ記憶がある。すぐに見つけられなかったのでわかったら追記しよう。
追記:分析「結果」はケースバイケース、分析「枠組み」としては汎用可能
著者の伊神満(@MitsuruIgami)さんからフィードバックをいただいた。
とても正鵠を射た「疑問」とともに、ご感想をありがとうございました。1件目の「3つの理論の他に要因は?」については、例えば、会社ごと・時期ごとの個別要因を含めても良いですが、最終的には全て「能力格差」(の詳細バージョン)として吸収できるので、大枠としてはこの世界観/モデルでOKです。
— 伊神満 (@MitsuruIgami) 2018年7月18日
2件目の「他業界では3要素の大小関係が変わるのでは」については、全くその通りです。他の事例や文脈で6-9章の分析をしたらどうなるか、想像するだけでも面白そうですね。なので分析「結果」はケースバイケース、分析「枠組み」としては汎用可能、と考えています。
— 伊神満 (@MitsuruIgami) 2018年7月18日
3件目の「成功事例」は、経営学系のケーススタディ集を当たるのが早いかもしれません。難問2の手本としてCisco、難問3の手本としてはIBMを推薦します。ですが実は10-11章の本旨は「既存企業の延命という曖昧で集団的な目標よりも、あなた自身にとってもっと大事な問いがあるはずだ」だったのです。
— 伊神満 (@MitsuruIgami) 2018年7月18日
「分析「結果」はケースバイケース、分析「枠組み」としては汎用可能」、「10-11章の本旨は「既存企業の延命という曖昧で集団的な目標よりも、あなた自身にとってもっと大事な問いがあるはずだ」だった」ということで、読み返してみたら
後半のケーススタディはHDD業界史に特化したものだ。しかし、分析過程で触れてきた概念やロジックや実証作法は、身の回りのいろいろな事柄に応用が利くだろう。
『「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明』 P311
と書いてあった。伊藤さんごめんなさい。となるとやはり他の業界で大きく結果が変わるのかは気になる。「抜け駆け」が強くてとにかく先行したら勝ちな業界とか、「能力格差」が重要でベンチャーにはまるっきり勝ち目がない業種とか出てきたらおもしろい。誰か(以下略)。
それと、本書の結果は「不特定多数に対する汎用的な情報」であり「特定の誰かの特定の意思決定に対する情報」ではないため、HDD業界以外の人はそのまま自分に適用すると判断を誤る。違いについては「アナリスト」には「特定の誰かの特定の意思決定に対する情報を作る人」と「不特定多数に対する汎用的な情報を作る人」がいるで「人」については書いたが、ここから先、本書の結果をいかに使うかがアナリストの腕の見せどころである。